Masaru’s Eye | 1年でARR4.5倍でも、次の調達が難しい時代──「シリーズA」という線は、誰がどこに引いているのか

デンマークのスタートアップイベント「TechBBQ」の自社ブース前で話すKen Villum Klausen氏。
Photo: Repodo の LinkedIn から
デンマークを拠点とするAIネイティブ法定監査スタートアップRepodoの共同創業者兼CEO Ken Villum Klausen氏が、資金調達環境について「上下がひっくり返ってしまった」とETNで語っていた。Klausen氏は、デンマークのチャレンジャーバンクLunarの創業者としても有名なシリアルアントレプレナーだ。Repodoは8月25日、820万ユーロ(約15.1億円)のプレシードを発表したばかりで、Sifted のデータではデンマーク史上最大のプレシードにあたる。
かつては12〜15ヶ月で300万〜400万ユーロ(約5.5〜7.4億円)のARR(年間経常収益)に届けば、シリーズAで強い立場に立てた。それがいまは、12ヶ月時点で1,000万ユーロ(約18.4億円)が、著名な投資家にとってシリーズAの閾値になっている。彼が名前を伏せて挙げた北欧のある企業は、ARRを100万ユーロ(約1.8億円)から450万ユーロ(約8.3億円)へ1年で4.5倍にした。それでもいま、調達ができないのだ。
遠いヨーロッパの話ではあるけれど、この話は日本のスタートアップシーンの現状に対しても示唆に富んでいる。「ハードルが上がった」だけでは片付かない。上がったのはハードルではなく、「シリーズA」という言葉が指しているものが変わったのだと思う。 そして言葉が何を指しているのかを、私たちはあまり考えずに使っている。改めて考えてみた。
その線は、統計から逆算されている

神奈川県大磯町の境界標。
Photo: Osumi Akari / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
日本のスタートアップの資金調達を語るとき、スピーダ(旧INITIAL)のデータはしばしば使われるが、そのスピーダはラウンドをどう判定しているかを公開している。
シードとシリーズAを分ける調達後企業評価額の閾値は5億円に設定されている。そしてその5億円がどこから来たかというと、過去3年においてシリーズAと公表されたか、A種優先株式のラウンドを対象に、調達後企業評価額の統計分布を取り、その10%の位置から導出したものだという。評価額の変化率で使う20%という閾値も、同じやり方で引かれている。つまり、「シリーズA」は事業の状態を指す名前ではない。過去3年の分布から逆算された線である。
だがここから、ひとつの帰結が出てくる。線の位置は、その時々の分布に依存している。だから分布の形が変われば、同じ「シリーズA」という言葉が指す会社の姿も変わるのだ。
平均も中央値も、もう何も言っていない

主要VCの集まるSand Hill Road。2026年上半期にアメリカで調達されたファンド資金の48.1%を、わずか3社が占めた。
Photo: Coolcaesar / Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0
PitchBook と全米ベンチャーキャピタル協会が7月に出した「Venture Monitor」によれば、2026年上半期にアメリカで投じられたベンチャー資金は4,127億米ドル。そのうちAI企業が3,559億米ドル。そして1億米ドル以上のメガディールが、投じられた全額の87.5%を占めている。件数では市場の大半を構成する1億米ドル未満の案件は、全部合わせて514億米ドルだった。
AIの内側を見ると、割れ方はさらに露骨になる。PitchBook が8月10日に出した「Q2 2026 AIレポート」では、上半期のAI投資4,070億米ドルのうち、OpenAI と Anthropic の2社だけで約2,170億米ドル、過半を集めた。 フロンティアモデルの開発者を含むホリゾンタル・プラットフォームが資本の70.8%にあたる2,881億米ドルを吸収する一方、既存モデルの上に製品を作る バーティカル・アプリケーションは、件数の62.9%を占めながら、資本では12.9%(526億米ドル)にとどまった。
日本でも同じことが起きている。STARTUP LOG が2019年から2026年の6,700件超の調達データから出した数字では、シリーズAの調達額中央値は4.0億円、中央50%のレンジは2.5億〜7.0億円。年次推移では2021年の3.6億円から2024年の5.0億円まで上がったあと、2025〜2026年は3.5億〜4.0億円台に落ちている。 ただし2026年は中央値3.45億円に対して、上位25%は12億円超。同じデータベースの同じ指標が、通期で見れば4.0億円、2024年なら5.0億円、2026年単年では3.45億円になる。「シリーズAの相場」という言い方が成立しているように見えるのは、期間を固定しているあいだだけだ。
シードも同じ形をしている。「CFO.Media」を運営する TheCXO の note によれば、2026年1〜4月のシード期調達を集計した数字では、調達額の中央値は1.15億円で前年同期比15%増、一方で平均値は2.75億円で32%増だった。平均が中央値の2.4倍ある。中央値が上がったより速く平均が上がっているということは、上澄みだけが伸びているということだ。
言葉と実態のずれがいちばんはっきり出ているのは、ユニコーンだ。PitchBook の「Global Unicorn Tracker」によれば、ユニコーン企業は2026年上半期に444ラウンドで3,961億米ドルを吸収した。2021年の通年の調達額を、その4分の1未満のラウンド数で超えている。 第2四半期に限れば、上位5件の資金調達が四半期のディール金額の60.1%を占めた。この5社の社名は公表されていないが、直前の第1四半期については内訳が出ている。2,456億米ドルが227件に投じられ、そのうちOpenAIの1,220億米ドルとAnthropicの306億米ドルを筆頭とする5社だけで、約78%を占めている。
その一方で、同じレポートにこうある。ユニコーンの47.6%が、2年以上まったく資金調達をしていない。
同じ「ユニコーン」という言葉の中に、四半期の合計調達額の6割を5社で持っていく集団と、2年間何も調達できていない半数が同居している。評価額10億米ドルという線は、かつて希少性を示す言葉だった。いまは、まったく違う2つの状態を1つの名前で覆い隠す状況になっている。
もうひとつ、同じレポートに気になる記述がある。PitchBook は「AI Business Quality(AIBQ)」という採点の枠組みを持っている。モデルの性能ベンチマークやARRの大きさで順位をつけるのではなく、収益の質(既存顧客からどれだけ積み上がるか)、資本効率(累計で調達した1米ドルあたりのARR)、計算資源の独立性、ガバナンスの選択肢、競争の持続性という5つの軸で採点するものだ。
PitchBook はこれを、未上場のまま巨大化したAI企業のうち継続評価の対象としている5社——OpenAI、Anthropic、xAI、Databricks、SSI——に当てはめている。同社が「フロンティア・ファイブ」と呼ぶ一群だが、5社ともフロンティアモデルを作っているわけではない。Databricks はデータ・分析基盤の会社である。その採点結果が、なかなかのものだった。最も高いプレミアムがついている企業ほど、事業としての質のスコアが低い。 PitchBook はこれを「評価額と品質のパラドックス」と呼んでいる。具体的には、OpenAI は1,100億米ドルという記録的な調達を経て8,400億米ドルの評価額を得ているが、AIBQ の総合スコアは5社中最下位の4.8だった。
投資家が最も高く買っている会社が、この物差しでは最も出来の悪い商売をしている、ということになる。もちろん、この採点の妥当性そのものは議論の余地がある。だが、評価額という1つの数字だけを見ていると取りこぼす情報がある、という指摘としては効く。
そして、これは調達する側だけの話ではない。
Venture Monitor によれば、2026年上半期にアメリカで調達された全ファンド資金のうち、Andreessen Horowitz(a16z)、Thrive Capital、Founders Fund の3社だけで48.1%を占めた。 そして初回ファンドの組成は、2016年以来最も少ないペースで進んでいる。
日本も方向は同じだ。スピーダの2026年上半期レポートによれば、国内独立系VCによる10億〜50億円のラウンドへの投資では、ファンド規模が判明した分の88%を100億円以上のファンドが占め、研究開発型に限れば98%に達した。小さいファンドは、そのレンジにもう参加できていない。
「VC」という言葉も、すでに1つの事業形態を指していない。数千億円を動かす資産運用業と、数十億円で目利きをする商売は、同じ名前で呼ばれているだけの別の仕事になりつつある。
道しるべが古いまま走ると、何が起きるか

道しるべは、いま自分がどこにいるかではなく、次にどこへ行くかを示すために立っている。
Photo: Jim Barton / Wikimedia Commons, CC BY-SA 2.0
ラウンドステージの言葉は、道しるべとして作られたものだ。いまシードだから次はこれをやる、シリーズAに行くにはこの水準が要る。次に何をすべきかを示すために存在している。
道しるべが実際の道と食い違ってきたとき、起こることは2つある。
ひとつは、間違った目的地に向かって走ること。 日本の起業家が「シリーズAで3億円」を目標に置くとき、その3億円は中央値であって、上位25%は12億円を調達している。同じ「シリーズA」という札の下で、4倍の差がつくわけだ。中央値を狙って準備した資金計画は、上位25%と競合した瞬間に足りないことになる。
もうひとつは、成長しているのに評価されないこと。 Klausen氏が名前を伏せて挙げた北欧の企業は、1年でARRを4.5倍にした。数字だけ見れば疑いようのない成長である。それでも調達に苦しんでいる。彼はこうも言っていた。プレシードは「夢を売る」段階で16通のタームシートが来た。次のラウンドはスプレッドシートとユニットエコノミクスの世界だった。「夢を売る時代は終わった。いまはスプレッドシートの中だ」。
同じ「アーリーステージ」という言葉の中で、評価の方法がまったく違う2つの市場に割れている。その割れ目に落ちた会社が、「4.5倍成長したのに調達できない会社」になる。
それでも、線は要る

距離を刻んだ標石。数字そのものより、どこから測ったかのほうが重要になることがある。
Photo: Chris Minto / Wikimedia Commons.jpg), CC BY-SA 2.0
念のため書いておくと、ラウンドやステージという話は必要だ。共通の言葉がなければ、投資家と起業家は会話すらできない。スピーダが統計に線を引いているのも、それ以外に引きようがないからだ。疑うべきなのは、その線を自分の目標に翻訳してしまうことのほうだと思う。
線は、過去3年の分布から引かれている。つまり常に後ろ向きである。 そして分布が二極化しているとき、線の位置は、自分が上澄みにいるのか裾野にいるのかを何も教えてくれない。
代わりに見るべきものがあるとすれば、たぶんラウンドではなく、次の資金が誰の財布から出るのかだろう。100億円以上のファンドしか10億〜50億円のラウンドに参加していないなら、そのレンジを狙う会社にとっての現実的な相手は、日本に何社あるのか。上位25%が12億円を調達しているなら、その12億円はどこから来ているのか。
最後に、2つだけ。
PitchBook のデータはアメリカとグローバルのもので、日本にそのまま当てはまらない。 日本のシリーズAの中央値3.45億円と、Klausen氏の1,000万ユーロは桁が違う。彼が見ているのはヨーロッパの、しかも成功した二度目の起業家が接する層である。
そして、分布の二極化は今に始まったことではない。 ベンチャー投資は元々、べき乗則の世界で、平均が実在しないのは昔からそうだった。今回違うのは、その偏りが「ユニコーン」という定義そのものを無意味にする水準まで来たことだと思う。47.6%が2年間資金調達に動いていない(正確には調達しようとしているが、調達できていない)集団を、ユニコーンと呼び続ける理由はどこにもない。
執筆者|エグゼクティブ・エディター池田 将(いけだ・まさる)
1973年大阪生まれ。12歳でIT関連誌への寄稿を始め、20歳の頃からアジア各国やシリコンバレーで新興技術の取材を行う。ベンチャーキャピタルでの技術デューデリジェンス、SI-erやコンサルティングファームの共同創業、ISPインフラや日本初のモバイルウォレット開発などに携わる。
2010年代には、アジアを代表するスタートアップメディアを共同創業し、約15年間運営。現在は、経済産業省のJ-Startup推薦委員、Tokyo Startup GatewayやMASPのメンターを務めるほか、韓国・延世大学で定期的に講義を行う。
2025年からは、「SOCIA」代表、「Growthstock Pulse」を運営するCohhのCCOとして新事業に取り組む。YouTubeやオーディオブック出演、メディア執筆、国内外のカンファレンス登壇など、多方面で活動中。
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