Masaru’s Eye | 政府のスタートアップ調達、優遇枠151件のうち128件に応札なし——未達の理由は、制度ではなかった

    東京・霞が関の官庁街。国の官公需総額は令和6年度で6兆6,836億円にのぼる。
    Photo: Aimaimyi /
    Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0

    スタートアップ443社に公共調達について聞いた調査がある。2024年10月にNJSSが実施したものだ。

    「入札」という言葉を聞いたことがある企業は76.5%。ところが実際に参加したことがある企業は27.8%にとどまる。参加しない理由の1位は「自社と無縁と思っている」で54.4%、2位が「どうやって参加すればいいかわからない」で26.9%。

    そして、スタートアップ向けの「入札参加資格の特例」や「トライアル発注制度」を知らないと答えた企業が、約7割にのぼる。全く知らないが43.3%、あまり知らないが26.2%だった。

    2022年11月に始まった「スタートアップ育成5か年計画」には、次のように書かれている------国や独立行政法人などが調達する物件、工事、サービスについて、創業10年未満の中小企業からの契約比率が1%程度、金額にして777億円(2020年度実績)にとどまっているが、これを3%以上、3,000億円規模に早急に拡大する。

    そしてスタートアップ担当大臣が実施状況をフォローアップし、未達成の場合には担当省庁に是正を働きかける。2024年度の実績は、国だけで822億円、国と独立行政法人を合わせて1,739億円。官公需に占める比率にするとそれぞれ1.23%と1.53%だった。

    目標は3,000億円規模。2020年度の777億円が、4年かけて822億円になった。

    金額で見たほうが分かりやすい。777億円が4年かけて822億円になった。増えたのは45億円である。目標は3,000億円規模だった。その間に分母のほうは膨らんでいて、令和6年度の官公需総額は国だけで6兆6,836億円、国等計で11兆3,728億円ある。

    制度がないわけではない

    ロンドン・ホワイトホールの財務省庁舎。イギリス政府は2026年8月、最低売上高の要件を課さないAI調達制度を始めた。
    Photo: Tilman2007 /
    Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0

    内閣府が2025年1月に出したスタートアップからの公共調達等の推進に向けた施策ガイドブックには、公共調達の推進に向けた取組が13本、研究開発への参加促進が4本、表彰制度を通じた信頼性向上が4本、合わせて21本並んでいる。

    中身も具体的だ。「スタートアップ技術提案評価方式」は、各府省庁が仕様を確定できない物品や役務について、スタートアップ側が技術提案を行い、審査と価格交渉を経て仕様と予定価格を決める。つまり随意契約ができる。

    「上位等級入札への参加基準」は、等級の壁を越えさせるものだ。全省庁統一資格ではA〜Dの等級が決まり、等級ごとに応札できる予定価格帯が制限される。経済産業省の資料は等級の決め方をこう説明している。財務状況・営業年数等から点数を算出する、実績がないスタートアップは点数が低くなる、と。この基準は、技術力を証明できれば自分の等級より上位の入札に参加できるようにする。物品の製造でC等級を取得した企業が、A等級またはB等級に相当するものとして扱われる。

    対象も2024年3月に大幅に広げられた。J-Startup選定企業とその地域版、SBIR制度の特定新技術補助金の交付先、官民ファンドの支援先とその出資先、国立研究開発法人の出資先、AMEDやNEDOが認定したベンチャーキャピタルの出資先。

    同じ問題に、イギリスが今年の夏に手をつけた。2026年8月31日、Sovereign AI R&D Procurement Schemeの最初の公募が始まっている。制度全体で最大1億ポンド、個別契約は25万ポンドから1,000万ポンド。最低売上高の要件を設けず、資産や現金準備の要件も課さず、採択企業は知的財産を保持する。AI担当大臣のKanishka Narayan氏は、排除の理由を名指ししている。優れたアイデアを持つ小さな企業が、売上高や現金準備や実績がないという理由で公共契約から締め出されている、と。

    日本の等級制度が抱えている問題とほぼ同じだ。そして日本はその緩和策を2018年10月から持っている。J-Startup企業の入札参加特例措置の運用指針がそれで、選定企業なら提案書にJ-Startupであることと技術分野を書けば追加書類は原則不要とされている。根拠となる決定はさらに古く、2000年10月に遡る。つまりイギリスが2026年に踏み込んだところに、日本は26年前から線を引いていたのだ。

    ただし、日本に関しては、注記しておくべきことが2つある。ひとつは対象の狭さで、J-Startup選定企業は2025年3月末で約270社にとどまる。もうひとつは、ガイドブックの参考資料にある一文だ。この運用は「各省各庁の長が、自省庁の判断で実施」する。つまり、使うかどうかは、発注する側の裁量に委ねられているわけだ。

    違うのは制度ではなく、組織と免責のほうかも

    ハンブルク市庁舎。市長府に置かれたGovTecHHが、各部局の課題を拾い、スタートアップを選ぶ。
    Photo: Dietmar Rabich /
    Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0

    補助線になるのが、ベンチャークライアントモデルという考え方である。BMWのGregor Gimmy氏が2014年に考案した手法で、定義は「スタートアップの顧客になること」。アクセラレーターを回すのでもCVCで出資するのでもなく、まず買う。日本でも日立ソリューションズが2024年に導入している。実行プロセスの1本目に来るのが、自社の戦略的課題を素早く特定することだ。買う側が先に「何に困っているか」を決める。イギリスの制度が課題を4つ掲げてから公募したのは、この型である。

    これを行政に持ち込んだのが、ハンブルク市が2022年4月に設けたGovTecHHで、ドイツ初の公共ベンチャークライアントユニットとされる。各部局や区、市営企業の課題を特定し、それに合うスタートアップを探し、明確な基準で評価し、市場対話から調達手続き、パイロットまで担当部署に伴走する。置かれているのは調達部門ではなく、市長府のIT・デジタル部門である。この設計でいちばん効いているのは客観性だ。

    公共調達がスタートアップを避ける理由は、相手の能力を疑っているからだけではない。随意契約も指名も、誰がどういう基準で選んだのかを説明できなければ通らない。担当者が「この会社が良いと思った」という形で選べば、説明責任は担当者個人に乗っかる。だから前例のある大手に流れる。等級の特例を用意しても、この構造は動きにくい。使う理由より、使わない理由のほうが担当者にとって合理的だからだ。

    GovTecHHは、その選定を組織の仕事にした。課題を特定するのも、候補を探すのも、評価するのも、発注する部局ではなくユニットの側である。部局から見れば、選んだのは自分ではない。

    同じ問題に、韓国は法律で答えている。2019年に導入された革新的製品指定制度では、指定された製品は3年間、随意契約の対象になる。そのうえで、調達責任者は故意または重大な過失が証明されない限り、その購入によって生じた損失について責任を負わないと、調達事業に関する法律第27条第4項に明記されている。制度導入以来2,320製品が指定され、1兆ウォン(約1,140億円)以上の調達に至っている。

    そして日本では、この構造が10年以上前から指摘されている。2014年の第4期科学技術基本計画のフォローアップは、イノベーション調達を阻む壁として「制度」「意識」「能力」の3つを挙げ、意識の壁の内実をこう書いていた。最低価格落札方式以外を選べば例外案件だと説明する必要が生じ、うまくいかなかった場合には担当者が責任を負うリスクが発生する、と。日本総研の論文は、当時の提言について「10年以上たった現在も一向に捗っていないように見受けられる」と書いている。

    自治体側の数字も、同じ方向を指している。経済産業省の委託調査では、スタートアップと全く連携したことがない自治体が73.7%にのぼる。障壁として挙がった上位3つは、連携方法・スキームが整備されていない44.3%、庁内の体制が整備されていない40.0%、プロセスやルールが整備されていない32.8%。制度そのものではなく、体制と手順である。

    日本総研の論文は、この3つに「情報の壁」を加えている。冒頭の数字がまさにそれだ。制度が各府省庁や自治体ごとに分かれているため、スタートアップの側からはどこに接点があるのか見えない。イギリスにはFind a Tender、ドイツにはKOINNOvationsplatz、韓国にはKONEPS(公的機関向け中央調達電子入札プラットフォーム、通称ナラジャント=나라장터)という一元的な基盤があり、いずれも手続きのオンライン化にとどまらず、公共機関が自らの課題を掲示し、企業が解決策を提示する場になっている。日本の公共調達の電子化は、手続きをオンラインに移す側面が強かった。

    日本にも芽はある。東京都の「現場対話型スタートアップ協働プロジェクト」は、都政の現場が課題を掲げてスタートアップを公募し、対話を重ねて実装する仕組みで、令和5年度に10件で始まり、令和7年度(2025年度)は20件を採択した。ここから「新事業分野開拓者」の認定を受けた企業は、地方自治法施行令167条の2第1項第4号の随意契約に進める。その認定を他の自治体でも使えるようにするのがファーストカスタマー・アライアンスで、2025年10月時点で17自治体が参画している。広島県は市町が課題を出してスタートアップとマッチングする「The Meet」を運営し、2024年度は326件の応募から34件を採択した。

    差があるとすれば、常設かどうかだ。日本の取り組みは「プロジェクト」であり「事業」である。GovTecHHは市長府に置かれたユニットで、課題の特定からパイロットまでを職務として担う。プロジェクトは課題が上がってくるのを待ち、ユニットは日常的に部局を回って取りに行く。ドイツには連邦レベルにもKOINNOという常設のイノベーション調達支援機関があり、2013年から動いている。

    ただし、日本の組織の側も動いてはいる。2026年7月7日の第14回デジタル行財政改革会議で、同会議を「AI・デジタル改革推進会議」へ発展的に改組し、あわせて内閣官房に置かれている事務局の機能と業務を2026年9月にデジタル庁へ移管する方針が示された。デジタル庁の司令塔機能を強化するため、と説明されている。

    これは公共調達に特化した組織をつくるという話ではない。デジタル行財政改革全体の司令塔をどこに置くかという整理である。ただ、調達改革を実際に回してきたのがデジタル庁の調達支援・改革担当であることを踏まえると、権限と人が集まる先は同じ方向を向いている。移管は、まさに今月だ。

    一方、デジタル庁が2025年7月に公表した令和6年度のフォローアップによれば、同庁の中小・スタートアップ企業等との契約は、2022年度の33件・20億円(契約総額の3.7%)から2024年度は103件・115億円(同8.3%)へ増えた。金額で5.8倍、件数で3.1倍である。中小企業庁の官公需集計とは対象の取り方が違うため単純比較はできないが、動いている現場はある。

    同じ資料に、この記事の主題そのものにあたる数字が載っている。デジタル庁が2024年度に行った調達205件のうち、スタートアップを加点評価する項目を設けたのは151件。そのうちスタートアップの応札があったのは23件で、落札に至ったのは13件だった。制度を用意した151件のうち、128件にはスタートアップが1社も応札していない。デジタル庁自身も、スタートアップが落札した案件の割合には「未だ大きな動きは見られない」と書いている。各府省庁における実績については今後集計される。

    制度は動き出したばかりでもある。スタートアップ技術提案評価方式が関係府省庁で申し合わされたのは2024年で、全省庁を通じた最初の契約は2025年5月23日、防衛省とインフォステラの衛星周波数解析技術の実証案件だった。運用開始から1年での1件目である。J-Startup特例そのものの利用件数は、私の努力不足かもしれないが、見つけられなかった。

    それでも、いま使えるものはある

    東京都庁。都は「行政がスタートアップのファーストカスタマーとなる」取組を掲げている。
    Photo: Markus Leupold-Löwenthal /
    Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0

    スタートアップは何ができるだろう?まず、自社がJ-Startupに選定されているか、SBIRの交付を受けているか、官民ファンドや国立研究開発法人の出資先か、AMEDやNEDOの認定を受けたベンチャーキャピタルから出資を受けているか。このどれかに当てはまるなら、全省庁統一資格の等級にかかわらず、上位等級の入札に参加できる可能性がある。

    そして、その事実を知らせるべき相手は、自社の営業担当ではなく、発注する側の調達担当者だ。運用するかどうかが各省庁の判断に委ねられている以上、そこが動かなければ制度は動かない。ガイドブックには各施策の問い合わせ先が省庁名と課室名と直通番号まで載っている。

    もう一段、踏み込んだ売り方もある。ベンチャークライアントモデルの1本目が課題の特定である以上、買う側がまだ課題を言葉にできていない領域は残っている。製品を持ち込むのではなく、相手の困りごとを一緒に言語化するところから入ってみるのはどうだろう。東京都や広島県が公募しているのは、まさにその工程だ。

    1.53%という数字は、応札して選ばれなかったことを意味しない。7割が制度を知らないのだから、そもそも応札されていない。制度が用意されていて使われていないなら、先に動いた会社の取り分は、まだ手つかずで残っていることになる。


    執筆者|エグゼクティブ・エディター池田 将(いけだ・まさる)

     1973年大阪生まれ。12歳でIT関連誌への寄稿を始め、20歳の頃からアジア各国やシリコンバレーで新興技術の取材を行う。ベンチャーキャピタルでの技術デューデリジェンス、SI-erやコンサルティングファームの共同創業、ISPインフラや日本初のモバイルウォレット開発などに携わる。

    2010年代には、アジアを代表するスタートアップメディアを共同創業し、約15年間運営。現在は、経済産業省のJ-Startup推薦委員、Tokyo Startup GatewayやMASPのメンターを務めるほか、韓国・延世大学で定期的に講義を行う。

    2025年からは、「SOCIA」代表、「Growthstock Pulse」を運営するCohhのCCOとして新事業に取り組む。YouTubeやオーディオブック出演、メディア執筆、国内外のカンファレンス登壇など、多方面で活動中。

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