Masaru’s Eye | サブスクの解約依頼が、顧客のAIエージェントから届き始めた──売上を守るカスタマーサポートの条件

    左は Amazon のアプリ、右は Meta のAIエージェント Muse のキャラクター。Amazon は2026年9月20日、Muse による買い物を自社サイトから締め出した。Photo: 左 Marques Thomas / Unsplash、右 Meta

    Meta のAIエージェント Muse には、利用者に代わってアメリカの店舗や事業者に電話をかけ、用件を済ませる機能がある。ところが Meta の社内投稿によれば、保険会社に電話をかけさせたところ、AIであると名乗った途端に何度も電話を切られたエージェントがいた。Meta はこの壁を越えるため、一部の通話を人間の委託スタッフに引き継ぐ「ヒューマン・コンシェルジュ」を社員向けに試験していたと、ロイターが報じている。

    9月8日に公開された Muse は、保険料の見直し、使っていないサブスクの解約、返金の申請といった、利用者が面倒がって後回しにしてきた手続きを肩代わりする。9月22日には、顧客が比較や解約を面倒がることで稼いでいるとされる銘柄が、アメリカの株式市場で一斉に売られた。顧客の手間が企業の利益を生んでいた、という見立ては、すでに日本でも広く論じられている。

    ただ、起業家にとってより差し迫った変化は、株価ではなくカスタマーサポートで起きている。エージェントが顧客の手間を肩代わりすれば、その手間は消えるのではなく、受け手の企業に移る。電話を切る保険会社は、その最初の反応にすぎない。本稿では、エージェントが企業のカスタマーサポートに何を持ち込むのか、日本ではそれがどう違って見えるのか、そしてスタートアップにとってどこに機会があるのかを考える。8月24日の本連載では、顧客のエージェントが予約APIの穴を突く「侵入」の問題を扱った。今回は、正面から問い合わせてくるエージェントの話である。

    「解約した覚えはない」──カスタマーサポートに持ち込まれる仕事

    サポートの現場で起きていることを具体的に語ったのが、テック分析メディア Stratechery を運営する Ben Thompson氏だ。サブスク型メディアの経営者でもあるThompson氏は、ポッドキャストで次のような経験を語っている。エージェントが利用者のサブスクを解約し、利用者は後になって「解約した覚えはない、なぜメールが届かないのか」とサポートに問い合わせてくる。

    さらに厄介なのは受信箱の整理だ。取引メールには配信停止のためのヘッダーを付けることが求められているため、受信箱を掃除するエージェントはそれを押していく。するとメールの配信は止まるが、サブスクは続いている。

    配信停止と解約は全く別のもので、Stratechery 自身も、配信停止ボタンを押してもアカウントは解約されないと規約に明記している。ところが、エージェントにはその区別がつかない。サポートの負荷が増え、配信リストに戻すための再同意の手続きまで発生する。

    冒頭の電話の件も、同じ構図の中にある。社内テストでは、人間が介在すると通話の成功率が95〜98%まで上がったとされる。もっとも、事前の開示なしに人間が話していた点や、委託スタッフの差別的な発言が問題になり、機能はいったん取り下げられた。AIと名乗れば切られ、人間が代われば開示の問題になる。エージェントと企業のカスタマーサポートの間には、まだ決まったやり方がない。

    電話を切るのも、相手に手間をかけさせる手段の一つである。企業の側から見れば、エージェントの前に立てられる最も安価な防壁だ。ただ、この防壁がいつまでもつかは分からない。

    解約や請求の手間は、値付けに織り込まれていた

    企業がエージェントを歓迎しにくい理由ははっきりしている。解約や請求の手続きにかかる手間そのものが、収益の一部になってきたからだ。使われないまま失効する航空会社のクレジット、ポイント、販促のクーポン。業界では、こうした「販売側が売ったものの使われなかった価値」をブレイケージ(breakage)と呼ぶことがある。CNBC によれば、スタンフォード大学の研究者は、利用者が解約を忘れたり先延ばしにしたりする惰性と、解約の手間によって、サブスクの販売側は売上をおおむね2倍にできると推計している。

    ある X 上の投稿では、7時間遅延したフライトの乗客が Muse に補償請求を頼んだところ、5分後に Delta から250米ドルのクレジットが届いたという。受け取ったのは補償ではなく、未使用区間の払い戻しではないかという指摘も寄せられており、詳細は確認できていない。それでも、構図を考える材料にはなる。仮に航空会社が、遅延に遭った乗客のうち請求してくるのは1%程度、そのうち半分は断れる、という前提で補償の原資を見積もっているとすれば、全員がエージェント経由で請求するようになった時点で、1便あたりのコストは桁が一つ変わることになる。

    請求されないまま残るお金は、推測ではなく数字でも見えている。イギリスでは、請求されないまま残る鉄道の遅延補償が年8,000万ポンド(約170億円)を超えると、乗車券販売大手の Trainline が推計している。同社は、補償をワンクリックで請求できるよう制度改革を求めている当事者でもある。ロンドンの VC である Balderton Capital の James Wise氏は、払い戻し請求の自動化が広がれば鉄道会社は深刻な問題を抱えるだろう、と述べている。

    日本では、規制が先に手続きの手間を削ってきた

    日本にも、この構造がむき出しになった前例がある。2005年から2008年にかけての保険金の不払い・支払漏れ問題だ。金融庁が全生命保険会社に報告を求めた結果、2001年度から2005年度の5年間について、38社のうち37社から合計で約135万件、約973億円の追加支払いを要する事案が報告された。その多くは、主たる保険金は支払われていながら、特約などの保険金について契約者からの請求がなかった等のために払われていなかったものである。請求されないことが、事実上の収益として残っていたわけだ。この問題は規制当局が強制的に精算させ、保険会社は支払管理の態勢を整えるよう求められることになった。

    鉄道にも似た構図がある。JR の特急や新幹線は、到着が2時間以上遅れると特急料金が全額払い戻される。紙のきっぷなら、遅延の証明を受け取り、1年以内に窓口で手続きする必要がある。ところがモバイルSuica特急券やスマートEXで乗った場合は、改札で取得した情報をもとに、決済に使ったクレジットカードへ自動的に返金される。同じ権利でも、請求の手間を企業が引き受ける設計と、顧客に残す設計が並んでいる。エージェントが肩代わりしようとしているのは、後者の手間である。

    契約の手続きでも、規制が先に手間を削ってきた。2019年10月の電気通信事業法改正で、携帯電話の定期契約を途中で解約する際の違約金の上限は1,000円に定められた。2021年4月には、MNP(携帯電話番号ポータビリティ)の手続きが原則無料になった。2022年6月施行の改正特定商取引法は、ECサイトの申し込み直前の画面に、定期購入の解約に関する事項などを分かりやすく表示することを義務づけ、解約を妨げる虚偽の説明を禁じた。アメリカでエージェントが消費者の代わりにやろうとしていることの一部は、日本では法律がすでに担っている。その意味で、日本の消費者向けビジネスへの衝撃は、アメリカほど急ではないかもしれない。

    裏を返せば、日本の企業はすでに一度、手続きの手間を手放す経験をしている。ただし、それは規制に背中を押されてのことだった。エージェントは、同じことを顧客の側から起こそうとしている。そして規制の届いていない手間は、まだ多く残っている。期限付きのポイントやクレジット、紙の書類と電話でしか受け付けない手続き、年額プランの自動更新などだ。

    締め出せるのは、守るべき別の収益がある会社だけ

    エージェントを自社サイトから締め出すという選択もある。2026年9月20日から、Amazon は Muse による買い物に対し、未承認のAIエージェントによるアクセスは利用規約違反だとするポップアップを表示し始めた。Meta から事前に連絡がなかったこと、Muse が閲覧時にAIであることを名乗らないことなどを理由に挙げ、事前に Meta へ除外を求めて断られたうえでの措置だったとされる。

    表向きの理由はセキュリティだが、Amazon の広告事業は昨年、680億米ドルを超えた。人間が画面を見て回ることで初めて価値を持つ事業である。Thompson氏も、必要だが面倒な雑事を片づけることはエージェントの最良の用途の一つであり、だからこそ広告を見ない Muse は Amazon にとって問題になるのだと整理している。もっとも、Amazon 自身も「Buy for Me」という機能で、エージェントに外部の小売サイトで代わりに買い物をさせており、訪問先のサイトから事前の合意を得ているわけではない。法的な足場も固まっておらず、同様の争いで Amazon が Perplexity に対して得た仮差し止めは、2026年8月に連邦控訴裁判所で取り消されている。

    誰もが Amazon と同じ選択をできるわけではない。Palo Alto Networks の CEO Nikesh Arora氏の予測によれば、あらゆるサービスのマーケットプレイスとコマースアプリが、エージェントにAPIを開くかどうかという存亡に関わる選択を迫られ、小さなプレイヤーには選択の余地がない。Arora氏はさらに、保険、チケット、ホテルといったコモディティ化した裏側の事業は、適応しなければ新しいプレイヤーに取って代わられると付け加えている。広告や物流のように守るべき別の収益がない会社にとって、エージェントを締め出すことは、顧客を締め出すことと同じになる。

    受け口そのものが商売になる

    皮肉なことに、顧客対応ソフトウェア大手 Zendesk の CEO Tom Eggemeier氏自身が、Muse に携帯電話、インターネット、テレビの契約を見直させている。サービスの品質は落とさない、イギリスの大学に通う娘に国際データ通信料がかからないようにする、家族全員をカバーする。条件を伝えただけで年間3,150米ドルの節約になり、本人が手を動かしたのは合計で10分ほどだったと、Eggemeier氏は語っている。そのうえで、これから最も大きな変化は、人ではなくエージェントが企業とやりとりする頻度が大幅に増えることだと述べた。

    Zendesk は5月、AIエージェントの料金を、同社が検証可能な形で問題を解決した件数に応じて課金する方式に切り替えた。社内の指標も、自動解決と人間による解決の件数、そしてそれぞれのコストに移ったという。問い合わせてくるのがエージェントであれ人間であれ、「何件を、いくらで解決したか」が商品の単位になりつつある。

    受け口の設計で顧客を引き留める動きもある。CNBC によれば、サブスク管理の Recurly の調査では、解約の前に「一時停止」を選べる機能の利用が337%増え、一時停止した利用者の4人に3人はその後サービスに戻った。同じ記事では、解約が簡単なほうが契約しやすいと答えた消費者が74%にのぼるという調査も紹介されている。解約を難しくするより、解約の手前に別の選択肢を置くほうが、結果として顧客は残る。エージェントが解約を代行する時代には、なおさらだ。

    受け手の側の需要は、新しい事業も生んでいる。ブラジルでは、法人向けに仮想電話回線を提供する Salvy で、この回線が開始から1年で売上の4割を占めるまでになった。WhatsApp 上で動くAIエージェントの利用が伸びたためだという。日本はコールセンターや顧客対応のBPO(業務の外部委託)の市場が厚く、日本語の電話対応という参入障壁もある。海外の個人エージェントが日本語の電話を難なくこなせるようになるまでには、時間がかかるだろう。その間に、企業側の受け口を先に整えておくという順番はありうる。

    「そこまでは来ていない」という反論

    ここまでの話を割り引いて読む理由も、十分にある。

    Thompson氏はエージェントそのものには強気だ。以前からエージェントに全面的に乗っていると書き、Muse はこれまで試した個人エージェントの中で群を抜いて優れていると評価している。彼が懐疑的なのは、買い物という用途に対してである。ネットショップでの決済は、Shopify の「Shop Pay」のように住所もカード情報も入力せずワンタップで済む仕組みがすでに普及しており、エージェントに省いてもらう手間はもう残っていない、と言う。人は買い物の効率を上げたいのではなく楽しみたいのであり、買い物は最大の娯楽の一つだ、というのが彼の見立てだ。Affirm の CEO Max Levchin氏も、ポッドキャストで、多くの買い物は雑用ではなく娯楽であり、人が買うものの選択に関わらなくなるのは人間にとっての損失だと語っている。

    顧客の手間を代行する商売が以前から存在していたことも、忘れてはいけない。サブスクの解約や請求額の交渉を代行する Truebill は、2021年に Rocket Companies に12億7,500万米ドルで買収された。当時の会員数は250万人、見込まれた年間経常収益は約1億米ドルだった。十分に大きな事業だが、産業の構造を塗り替えたとは言いがたい。

    エージェント自体の実力にも限界がある。Muse が電話で人間の委託スタッフに頼っていたのは、その表れでもある。Wise氏も、遅延したフライトや誤った電気料金、法律で定められた鉄道の遅延払い戻しといった用途は好ましい入口だが、小さな一歩にすぎないと見ている。人々の生活を本当に動かすのは、エネルギー、住宅、賃金、物価のほうだという。

    それでも、この変化を軽視しないほうがいい理由が一つある。値付けやサポートの前提を揺らすのに、全員がエージェントを使う必要はないということだ。請求率1%を前提に組まれた補償制度は、請求率が5%になるだけで前提が崩れる。Muse は現時点でアメリカとカナダでしか提供されていないが、Arora氏の予測のように Apple や Google が同種のエージェントを出せば、日本の利用者に届くまでの距離は一気に縮まる。

    カスタマーサポートを、エージェントが来る前提で設計し直す

    エージェントを自社サイトから締め出せるのは、Amazon のように広告や物流という別の強みを持つ会社に限られる。多くのスタートアップにとって現実的なのは、エージェントが来ることを前提に、カスタマーサポートと解約・請求の手続きを設計し直すことだ。

    問いは三つある。手続きごとに、エージェントが正しく名乗って使える経路を用意するのか、あえて用意しないのか。配信停止と解約のように、人間なら区別できるものを、機械にも区別できる形で示しているか。そして、請求率や解約率が上がった世界でも成り立つ値付けになっているか。一時停止や下位プランのように、解約の手前に置ける選択肢を持っているかどうかも、この問いに含まれる。

    日本の企業は、規制に促される形で、手続きの手間を一度手放してきた。JR が IC 乗車の払い戻しを自動化したのも、請求の手間を顧客に残すより、自ら引き受けるほうが合理的だと判断したからではないか。次にその判断を迫るのは、規制ではなく顧客のエージェントかもしれない。そのときカスタマーサポートがどう応えるかは、まだ企業の側で決められる。


    執筆者|エグゼクティブ・エディター池田 将(いけだ・まさる)

     1973年大阪生まれ。12歳でIT関連誌への寄稿を始め、20歳の頃からアジア各国やシリコンバレーで新興技術の取材を行う。ベンチャーキャピタルでの技術デューデリジェンス、SI-erやコンサルティングファームの共同創業、ISPインフラや日本初のモバイルウォレット開発などに携わる。

    2010年代には、アジアを代表するスタートアップメディアを共同創業し、約15年間運営。現在は、経済産業省のJ-Startup推薦委員、Tokyo Startup GatewayやMASPのメンターを務めるほか、韓国・延世大学で定期的に講義を行う。

    2025年からは、「SOCIA」代表、「Growthstock Pulse」を運営するCohhのCCOとして新事業に取り組む。YouTubeやオーディオブック出演、メディア執筆、国内外のカンファレンス登壇など、多方面で活動中。

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